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2009年9月

2009年9月28日 (月)

まな板の鯉、

入院が本決まりになった。

十月二日入院、九日手術、それから3~4週間の経過見。

先生は(大丈夫、任せておきなさい)と言うような眼をしている。

床ずれがはっきり重いと分ってから10ヶ月の勘定になる。

あらためて自分の体が尋常では無いのだな、と思う。

「手術をしないで治すには1年~1年半通院しなきゃ

ならないけど、傷口は順調に改善回復してますよ」

話を聞いていて、おかしいことに自分自身よりも自分の

身体は一生懸命生きようと、元に戻ろうと頑張っている

ように感じ見えてくる。連絡の途絶えた自分の身体は

私に内緒で快復の道を全力で探っているらしい。

そうとわかれば私の心だってそれに応えない訳には

いかないじゃないか。

とは言っても私はまな板の鯉でいるしかないのだけど!

でも、心と体の連絡の通じない間柄でも同じ方を

向いて同調して進んでいけるのだな、と今日は感じる事が

出来ているような気がする。

1ヵ月後、もっと強く感じている自分がいてくれるといいのだが。

2009年9月23日 (水)

あきの味覚、

      Kuri     くりっく

2~3日まえから、庭の栗が落ちだした。

先日母の見舞い方々きてくれた叔父のMさんも

「栗は別に好きでもないのだが」と言いながら拾って

もっていった、・・・美味しく食べられただろうか?

今年は果物はほとんどハズレでよく生ったのはこの栗と

柿だけだ。我が家では渋皮煮とか栗ご飯をべつにして、

ゆでて食べる時は栗を平たく包丁で切ってしまう。

上品にスプーンで取ってもいいが私はそのまま

下顎の歯でかぶりつく、以前は皮むきがめんどくさくて

余り食べなかったが、これだと20個くらい、すぐ食べてしまう。

母の病状を考えると喜んで食ってもいられないが

今年の栗はうまい。仕方ないから嬉しそうな顔をしないで

喜んで食べている。去年は母も栗を食べていたが

今は食べたくない、と言う。痛みと言うものは人から

喜びを奪ってしまうようだ。

早く喜んで笑いながら栗を食べてもらいたいものだ。

これから、本格的にポタポタ栗が落ちだす。

2009年9月20日 (日)

母の信頼、

近頃、母の調子がよくない。

いきつけの整形のY先生に診てもらうと腰の骨が

圧迫骨折とのこと、辛抱強いひとなので余り訴えないが

大分痛いらしい。ベッドから下りるのがつらいので

ついつい、寝たきりのようになる、妹達が来て姉妹4人で

面倒を見ている、このチームワークはすごい。

ただ、夕方から朝にかけては妻一人が見るので

ふだんも妻の名を呼ぶ回数が一番多い、私の介助で

慣れているということもあるのだろうが、ある意味では

一番やはり信頼しているのかもしれない。

母がこれだけ気弱そうに妻の名を呼ぶのを初めて聞いた。

これからなるたけ私は妻の負担を減らすべく自分の事は

出来る限り自分でしなければならない。

息子もいるが妻にかかる負担を考えると、さほどの

フォローは望めない、妹達に頼りすぎるわけにも行かない

だろうが、妹達はそれなりに手伝ってくれるだろう。

みんなにとっての試練かもしれない、傍観するだけの

自分が恨めしい、Y先生は「二ヶ月ほどで痛みは取れる

だろう」と言っている、早く痛みが取れて欲しいものだ。

歩けるように早くなってほしい。

私の入院もあるが、妻の負担を減らすべく病院へ

通う事も我慢しなければならないだろう。

覚悟の時だ。

2009年9月15日 (火)

微熱と言う、友。

風邪ではなし、まして新型インフルエンザでもなさそう。

昼すぎから夕方、夜にかけて微熱(37~37,5)が続いている。

朝になるとア~ラ不思議、ちゃんと熱は下がっている。

私自身は感覚がにぶいのでわかりにくいがここ3日ばかり

勤めから帰ってきた妻が「お父さん顔が赤いねェ」と

額に手を当てると所定の熱が分るといったぐあいだ。

近頃は体温計を使わなくなっている。

熱も半年以上も付き合っていると慣れっこになってしまう

ものかもしれない、・・・まして微熱ごとき?。

ただ体は正直で、どうも腕に力が入らないらしい。

今は1時間おきに行っている車椅子とベッドの乗り移りが

ちょっと骨が折れる。

この仕事さえなければ問題はないのだが。

いつもより今日はちょっといいようだ、少し乗り移りが

楽のようだ、人の体とはよく出来ているものだ、と他人事の

ように感心している自分がいる。

2009年9月11日 (金)

アブとアリ。

私は体が麻痺しているが、麻痺していない部分も少し

残されている、ただその部分も動くけれど、痛覚、温覚など

とてもにぶい、だから、蚊やアブに刺されてもほとんど

気づかない、痒みもないから後になって、眼で気づいて

腹を立てる。従って蚊やアブを日頃から眼の敵にしている。

昨日も大きいアブが私の周りをすきあらば、と狙う。

妻はパートでいないので長い格闘の末にハエタタキで

やっつけた。床に落ちたが拾えないので妻の帰りまで

そのままだ。しばらくして、チラッとみると動いている

「まだ死んでなかったんだ」と思いとどめを刺そうと構えたら、

様子がちがう、アリが一匹で引きずっている、アブはおよそ

3センチ、アリは1センチ、自分の20倍はありそうな獲物を

孤軍奮闘している、援軍は中々こない、外に出るまで

3メートル、それから巣までどのくらいか知らないが大変な

労働だ。多分、途中で諦めるだろうと思い放って置いたら

30分後何処にもいなくなっていた、感嘆した。

実は成し遂げるかどうかは別として、私はこのアリを

カメラに収めておいた、世間にたたえるべく、ブログに

載せ様としたが、肝心のイメージがなんとしてもエラーに

なってしまう。あれこれ試したがだめだ、いつかPCの

先生Mさんの来訪を待とう。かのアリをたたえる写真は

そのごになる。私は文句なしに、かのアリをたたえる。

そして妻が帰る前に床からアブは片付いた。

          ・

2009年9月 7日 (月)

てんとう虫、

先日、カミさんが新聞を読んでいて言った。

「殺虫剤がわりに飛べないてんとう虫を作ることに

成功して成果を上げたんだって」・・・・?

「何だそりゃァ」私はその記事を読んでみた。

遺伝子の組み換えかなんかで羽の生えてこないてんとう虫を

たくさん作り出し、畑に放すと飛べないからその辺を歩き回り

害虫を凄い勢いで食べてしまうそうな、結果、作物が成績良く

育ったらしい。学者ってのは凄いこと考えるもんだな、と思った。

同時に私に違和感が発生した、最初はそれが何だか

分らなかった。ちょっと怪しくなったので私は自分の部屋へ

入った。机の上にポタポタ涙がこぼれ落ちた。

(老人の涙はみっともないから人には見せられない。)

てんとう虫にどのくらい精神性があるかしらないし、

生まれながらに、ない羽を欲しがりはしないかもしれないが

私は自分と重ねてみてしまった、飛べない虫なんて・・・・

立ったり歩いたり出来ない自分と・・・・

ある意味、私の場合は(身の不運)と自分に言い聞かせる

事が出来るが、このてんとう虫の場合は利便性や合理性の

名のもとに科学にもてあそばれたような気がしてならない。

私には何もできないが、いやな一日になった。

何も悪い事してないのに。

                 ・

2009年9月 4日 (金)

少年探偵団、

先日、夕方ラジオ(にっぽん放送)を聞いていたら

いつもの男性アナが夏休みで違う人がでていた、ので

他のラジオにしようかと思ったら、少年探偵団という言葉が

でてきたのでダイアルをそのままに、「んん」と思い聞いて

いた、なつかしい曲が流れてきた。

♪ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団ゆうきリンリン・・・・

歌の終り頃にナレーション、「作 江戸川乱歩、音楽

宇野誠一郎、この番組は養命酒の提供でお贈りします」

多分、半世紀にはなるだろう、夕方六時前後だったと思うが

テレビのない時代、夢中でみんな聞いていた。

いま考えてもナレーションがあったことは思い出せなかった。

曲の後に物語りも続いた、小林少年、怪人二十面相、

明智探偵等が登場。私はなにやら五十年という時間をこえて

こぶしを握り締めて真剣に聞いてしまった。

番組の終わりにアナウンサーが「私が冒頭、少年探偵団の

話をしたためスタッフが手分けしてテープを探してくれました

ごめんなさい、そして有り難うございました」

ラジオ局はすごいな、と思った、五分か十分で五十年前を

探し出し、聞く人をそれにいざなってくれた。

私はまだこぶしを握っていた。

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