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2009年8月

2009年8月31日 (月)

おどろいた。

私が物心のついた頃には当たり前だが自民党だった。

一時期、細川政権があったがいつのまにか消えた。

私の中では自民党は絶対的だった。(私自身はノンポリだ)

時には他党と組しながらも政権党を維持していた。

色んな報道で民主党が圧倒的に勝つだろうといっていた、

私は民主党が勝つとしてもいい勝負だろうと思っていた。

ふたを開けたら報道の通りだった。

私は驚いた、(ベルリンの壁)の時と同じくらい驚いた、

でも、時間を置くと「時代は流れてるんだからなァ」と

思えてきた。

私にとってはどちらにしてもさほどの問題ではないのだが

マニフェストと言うものを見ると私たち障害者のあつかいは

蚊帳の外のような気がする…ひがみ・・だろうか?

でも、こうなったんだから取り合えず政権党の民主に

期待するしかない。

人に頼っているばかりで、どうも気が引けるのだが

頼むよ!・・・・民主党。

2009年8月28日 (金)

奇跡のリンゴ、

妻が知人のMさんからから薦められて本を借りてきた。

題名は「奇跡のリンゴ」、青森のリンゴ農家が永年の

苦闘の末に無農薬、無肥料で他を寄せ付けないおいしい

リンゴを成し遂げた、と言う記録の本だ。

いや、何も(いい本)だから読んでみたら、などというつもりは

サラサラない、むしろリンゴ農家以外の人がよんでも

なんの足しにもならない、かく言う我が家も読み終わってから

「カァちゃん、うちの梅も無農薬、無肥料でやってみては

どうだろう」もっとうまい梅が取れるかな、と私は思った。

間髪いれずに「うちの梅は植えたときから肥料も農薬も

やったことないよ」・・・アチャー、言わなきゃよかった。

と言う位だから勧めません。

ただ、示唆に富んだ「いい本」というのが読後の感想だ。

危険から守り給えと祈るのではなく、危険と勇敢に立ち向かえますように。

痛みが鎮まるのを乞うのではなく、痛みに打ち克つ心を乞えますように。

人生という戦場で味方をさがすのではなく、自分自身の力を見いだせます

ように。・・・ラピンドラナート・タゴールという人の詩だが本文はもっと続く。

この(奇跡のリンゴ)の巻頭にあった詩だ、私は指でたどり自分と

てらしてみたらひとつも該当しない。

いまさらこの文のように自分の心を鍛えるのは無理としても

心に留め置くのは悪い事ではないだろう。

Mさんは間違えてこの本を二冊買ってしまったらしい、

交渉して半額以下ならこの本が欲しいのだが。・・・・・・・

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2009年8月25日 (火)

息子、Fへ「頼むよ」

午前中、形成の外来へ行ってきた。

F先生「大分言い状態になってますね、ただ残念ながら

このところオペが詰まっているので手術は十月にしましょう」

先制パンチをやられてしまった。「はァ・・・」と言うしかない。

まァ、いいかここまできたら一年かかっても仕方ない。

一昨日息子にシャワー浴と傷の処置をしてもらった、

初めてのことながらマァマァの出来だろうか、しかし息子に

裸を洗ってもらうのは、どうにもカッコつかない。

妻がお出かけで仕方ないなと覚悟したのだが、思った以上に

精神的にはヘビーだった。ただ、九月が過ぎて手術で

傷が治れば処置の必要はないな、と考えていたのだが

一昨日の事をF先生に話すとえらく喜んでいる。実は息子に

「お母さん一人だと負担がかかり過ぎるので君にも必ず

手伝ってもらわねば」と傷の処置のレクチャー、自宅での

リハーサルを今思うと強く勧めていた。

先生は初めからオペは十月か十一月と決めていたのだ。

半年以上の入院でへこんでいた私を欺き慰めてくれたのだろう。

私は改めて人を見る目(心)がないなァ、と思う。

息子にも大人しく従おう、まだ私にも残された時間は

有りそうだし、みんなに頼って生きていこう。

今、私の心はへこんでいない。

2009年8月21日 (金)

コラボレート、

私の体は胸から下は感覚がないので、視覚的な痛みしか

感じる事が出来ない、だがいつも何かしらの不快感を

感じてはいる、感覚があったら痛いだろううなァ、

といういやな感じだ。

ところが今日はうす曇りでたまに雨がパラつく天気、

身体に対して条件はよくないのに身体は何か

いつもより楽だ。とてもありがたい。

でも、そういう天気にも関わらず午前中この夏一番

というくらい、すごいせみ時雨だ。

ツクツク法師、アブラ蝉、など鳴いているが

圧倒的なミンミン蝉の勢力だ、カンカン照りに

これをやられたら流石の私でも「うるさい!」という所だが

今日は体調の所為かさほど気にならずに机に向っていた。

ラジオから[明日にかける橋](サイモン&ガーファンクル)

が流れた。暫らく聴いていたらミンミン蝉の声と合って

いることに気がついた。(ほんとだよ!)

そのうちに選挙カーの声が聞こえてきた、国政レベルでは

この山里にはめったに選挙カーはこない(にも拘らず)

蝉とS&Gと選挙カーのめったにないコラボレートだ。

すんなりと受け入れている自分がいた。

多分体調の所為だろう、体調がいいということがこんなにも

気持が広くなるとは久々の思いだ。

願わくば維持できたらと思うが・・・、明日はどうだろう?。

2009年8月18日 (火)

外来の診察。

午前中、外来でN病院の形成外科にいってきた。

先生「順調で大分いいようです」とニコニコ。

退院以来、先生の言う事を自分なりにがんばって

言う事を聞いてきたので、治癒が進んでいるのかと思い、

調子に乗って「手術が早まりそうですか?」と聞いたら

「まあ、ボチボチと」なんていなされてしまった。

いまさら焦っても仕方ないが、ちょっとガッカリ。

帰り道「焦るなんて、まだ若いね」なんて妻にばかにされて

しまった。・・・還暦すぎだ、いまさら焦っても仕方ないか。

盆がすぎ、また静かな生活になったので、気持の変化が

焦りにつながったのかもしれない。

ゆっくりと自分のなすべき事をこなして行こう。

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外来は又来週の同じ曜日だ。

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2009年8月15日 (土)

(ザワワ・・ザワワ)・・さとうきび畑

一昨日、(さとうきび畑)を歌う夢を見た。

隣の部屋で妻がギターで弾き語りをしていた。

私も行って一緒に歌う、4番の歌詞が出てこなくて目が覚めた。

翌朝、妻に聞いてみた「サトウキビ畑知ってる?」・・「うん」。

「ギター弾けたっけ?」・・「ぜんぜん」・・えてして夢なんて

こんなものだろう。たぶん、終戦記念日を前にして

頭のどこかに引っ掛かっていたものが出て来たんだろう。

私は約40年前に、森山良子さんのアルバムレコードを

買った。このレコードがなかったら(さとうきび畑)を

私は知らなかったろう。

長い曲なのでラジオから全曲ながれることはなかった。

何度か聴いているうちに反戦歌だとわかった。

強く訴えるものではなく静かに訴えるものと感じた。

あの戦が引き返せなかったものなのか、

赤紙一枚で引っ張られて無念をした人、沖縄の人々

広島、長崎の人々、非戦闘員の国民、ひいては

鬼となりアジアの人々も苦しめたあの戦。

(さとうきび畑)を聴くと悲しみと共にその人々に思いを馳せる。

この曲の願いが静かに深く根をはり浸透して欲しいと思う。

反戦の日に寄せて、・・・・合掌。

2009年8月11日 (火)

久しぶりのブログ。

8月8日退院しました。

9月の頭にまた入院、手術をして9月中にめでたく退院

という、希望的観測・・・どうなりますやら。

ドクターからきつく「ベッドの上より車椅子の時間が長く

なってはいけない」と忠告。生活のリズムがつかめない。

ベッドと車椅子の乗り移りに時間を取られるので

1日のうち、30分を5~6回・・・しか使えない、時間が

こんなに短いとは思わなかった。

でも、病院のベッドより家は格段にいい、そしてうれしい。

私はキーをたたくのが遅いので30分ではこのくらいが

限度。間隔ものびるし、内容も短編ブログになりそう。

あっ、という間の30分、じゃ、また。

そう、そう、今夜娘と孫がくるらしい、皆さんには

どうでもいいことだけど。

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