2012年1月31日 (火)

きずな考、

ラジオから大竹まことさんと阿川さわこさんの

掛け合いが聞こえてきた。

絆について芥川賞作家の言葉を引用して話していた。

私は ながらで聞いていて、自分の怪しい解釈ながら肯いた。

話によると「きずなってほんとはやなものだし厄介なものだし

辛いものなんだ、作るものでもないし出来るものでもないし

気がついたら、まとわりついたり へばり付いたりしている

しかも逃げられない」聞いていてなんか違和感があったが

段々納得が行くような気がしてきた。

近頃【きずな】と言う言葉が氾濫気味の様な気がしていた。

安売りとは云わないが安易に使っているような・・・

もちろん、(ウカラ、ハラカラ)のような重いものから、飲み屋で

知り合った人とのその場の軽いものまで拡大解釈をすれば

いくらでもあるのかもしれない。

ホントはどうでもいいことなのだが、楽しくて盛り上がって

シュプレヒコールみたいに連呼するものではなく、

いやなもので厄介で辛くて逃げられないそれの方が

私にはしっくりしているような気がする。

本当にどうでもいいことなんだが・・・ね。

日本語はむずかしい・・・・ね・・・・どうでもいいことなんだが。

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2012年1月26日 (木)

ウイルス性胃腸炎、

きょう午前中リハビリに行ってきた。

「先生 病み上がりだから、少し軽めにお願いします」

「へェ、どうしたの?」

「個人的に天動説になっちゃったんですよ」

「なんだそりゃァ・・地球の周りを宇宙が回るってやつ?」

「そうそう、個人的だから自分を中心に世界が回る!」

「早い話がめまいとか目が回ってしまうっての?」

「そうそう、早い話が・・・」

先週、病院に行った時どうやらうつされてしまったらしいが

いま流行のウイルス性胃腸炎らしい。

熱はなく、下痢と嘔吐を繰り返し、脳みその向きを変えると

目がグラグラして気持悪くなってはいてしまう。

「昨日の午後から良くなってきて今日は大分いいから来て見た」

S先生、途端に警戒しだした・・・さり気なく距離を置いている。

来週先生休んでなきゃいいけど。

私はリハビリを軽めにしてもらったので大丈夫ようだ。

二日間寝ていて、吐くものがなくて胃液をはいたが自分の

胃液があまりに明るく鮮やかなきれいな黄色なので驚いた。

人体の神秘を改めて知った気がする・・・・

そして、自分の内臓が活動している事を改めて知る。

変な話、改めて生きている実感がした。

今はほぼ回復!!

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2012年1月20日 (金)

免罪符、

昨日、リハビリと三科の診察に行ってきた。

朝九時に家をでて帰ってきたのは三時を回っていた。

日赤で形成外科 「退院して二年、この状態なら、もう心配は

要りません、今後は何かあったときだけ来てください」

よく養生をしました、と付け加えてくれた。

二年前お尻の床ずれ(ジョクソウ)で十ヶ月の入院だったが、

もう通わなくてもいいという免罪符をもらったわけだ。

残るは内科と泌尿器科、この二つは身体の中で何かが

あったとき破裂しないように定期的に診てもらっている。

痛みも何も感じないのだから何かが起きても分からない。

従って「もう来なくていいよ」とは云ってくれない。

なにかとこもりがちな私には此のくらいあったほうが

いいかもしれない(妻には申し訳ないが)

それに院内での食事もめったにない私の外食だ。

楽しみと言うわけじゃないけどたまにはいいかな。

基本的には外食はさほど好きじゃないけど・・・・

昨夜はよく眠れなかった、原因は判っている、病院での長時間は

身体が興奮するのだろう、疲れきってしまうためだ。

一科減ったので少しは楽になるかもしれないかな。

F先生、永のおつきあい 有り難うございました、二度と先生の

顔を見ないですむよう先生の言葉、励行します。

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2012年1月17日 (火)

友の訃報、

親しい古い友人の訃報が届いた。

しばらく会っていないが状況は知っていたので驚かなかった。

ただ、心の準備はしていたつもりだったが辛かった。

あと二ヶ月あまりで私は65歳になる、この歳になると

年に2~3は同世代の訃報が届いてくる。

哀しい事だが仕方がないことなのだろう、もちろん何時

自分のことになるかも分からない事だ。

友人は豪放磊落を絵に描いたような男だった、私の対極に

あるような、私の友としては数少ないタイプの人だった。

多分なきごともいわずに逝ったのだろう、涙くらいは流した

かもしれない、離れた地なので別れを告げに行くことは

出来ない、冥福を祈る。

いつの日か彼の地で会うしか手立てのない自分の身体が

恨めしい、享年64歳だった。

怒らないで待っていてくれたまえ。

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2012年1月14日 (土)

新年の行事を果たして、

近所の(といっても2kmくらい)Mさんのお宅で絵画教室の

新年会が今日開かれた、11名だった。

持ち寄りの料理での会だったがテーブルは豪華だった。

近頃、昨忘年会に続いて個人宅二度目の訪問。

バリアフリーのお宅はめったにないのでよそ様を訪うのは

私にとっては心が高揚する。

二時間ほどで帰ってきたが楽しく過ごせた。

これで正月の私の行事は一応終ったようだ。

元旦から風邪をひいて寝ていたのはまずかったが、まずまずの

年明けの滑り出しのようだ。

絵を描くということはどうも私は苦手らしい、今年は少し我慢して

枚数を増やしてみようかと思う、描くより前に考えてしまうので

考える前に描いてしまうことにしよう。

全ては体との相談だが一応の方向は見えたようだ。

教室の人たちには二歩も三歩も遅れをとっている。

それにしてもこの一年で皆なんであんなに上手くなっちゃったん

だろ、・・・・追いつこうなんて考えるなよ。

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2012年1月10日 (火)

準備OK,

  Suta スタンバイ

明日から宇都宮コミニュティセンターで版友会(版画の会)

ロビー展が四日間開かれる、来た人に見てもらうだけなので

案内状などは出さない こじんまりの展覧会だ。

写真は私の寝室にぶら下がっているコートと愛犬ウォーキーの

リードだ、7年前私が病気で車椅子生活となるまで活躍して

くれていたものである、ウォーキーは私の入院4ケ月後7月に

死んでしまった、がコートとリードは今もそのまま掛かっている。

思いつきでテストに線だけで創ってみたが多分に改良の余地あり。

不本意ながら時間切れで妥協する事となった。

もしかしたら思い入れが強すぎて伝えられなかったのかも知れない。

今もってこのコートとリードが私の着用とウォーキーとのつなぎを

「いつでもいいですぜ」と待っているような気がする。

私の諦めの悪さでもある。

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2012年1月 5日 (木)

冬きたりなば、

Nanohana なのはなや つきはひがしに・・・

昨日、次男の Tが帰っていった、隣接の町に一人住んでいる。

「お父さんオレ行くから」・「ん、あ、そうか身体に気をつけてな」

「・・・・・・あ、あァうん、じゃ」・「またな」息子が行ってから考えた。

さっきの息子の返事する時の微妙な間はなんだったんだろう。

しばらくしてから「あァそうか」気づいた、風邪をひいてさえない

顔の私に「身体に気をつけろ」といわれても説得力がない。

「お父さんも気をつけろ」とは云えなかっただろう。

きょうは大分調子が良さそうだ、散歩がてら、菩提寺の

妙高山永台寺】まで妻と二人で行ってきた、風があり赤城山から

の風花が舞っていた、片道3km 往復一時間半ほどだった。

父の七回忌の法要の申し込みをしてきた。

帰り道の桑畑の中、菜の花が 咲いている。

厳冬期直前のこの時期にのんびり咲いてていいのかな。

それともこのまま昂然と真正面から突っ切ろうって腹なのか?

それほど逞しそうには見えないのだが・・・。

でも咲いちゃったんだから仕方ない、頑張ってもらおう。

「オレは寒いからまだ咲かないぜ」云ってやった。

相変わらずヘラヘラ、ゆらゆら冷たい風に揺れていた。

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2012年1月 2日 (月)

若干・・・負け惜しみ、

  Gajou3   新年おめでとうございます

二年越しの風邪をひいて寝正月としゃれ込みましたが、

寝飽きたので起きてみました、現在体調40%・・・くらい?

回復傾向です。

寝正月をすると見えないものが見えると言うおまけがあった。

ほんのささやかな(T)のサプライズもありました。

中々のスタートと感じながら新年を迎えられました。

午後もまた寝正月の続きの予定です。

今年も宜しくお願いいたします。

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2011年12月31日 (土)

準備万端、

  Moti 芸術的お供え餅、

昨日、辺りに小気味いい音を響かせた後、まがりなりに

餅つきが終った、今回はエース級が二人こられなかったので

ちょっと心配したが、いつもの顔ぶれもそろい、

念のためにと買った(餅つき機)の大活躍もあって仕事も

はかどった、食べてないので出来具合はまだ分からない。

でも、見た目はイッチョウマエのようだ。

問題はお供え餅だ、プロ級がいつもやってくれていたので

任せきりが災いして誰も作り方がわからない。

みんな真似してやってみたが上手くゆくわけがない。

結果、巨匠ダリやムンクさんも一目置くようなかなり芸術的な

作品が出来上がった、私は見ているうち【これはこれで】

中々すばらしいのではないかと思えてきた、なにより熱気?

が感じられる・・・【芸術は爆発】?・・・ちょっとくるしいかな!

今年は大変な事がいくつかあり大変な思いをしている人が

いまだ多数いる、正月を前にして無事なす事が終わり安堵する

ことにいささかの後ろめたさもある。

どうしようもない事どうにもならないことは数多あると言う事を

思い知らされた年でもあり、曲がりなりにも今生きていられる

事にありがたさをツクヅク感じたりするが・・・・

神のありがたさを思い神を呪わしく思う年でもあった。

来る年は多くを望まぬからため息や涙のない年になってほしい。

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2011年12月28日 (水)

ウーマンパワーのお餅つき、

あさって、お餅搗きをするんだがねェ・・・・

今年は男手が仕事で怪しいらしい、息子は事故で鞭打ちだし・・

頼りは娘婿のSさんだけ・・と言っても一人じゃ無理だし・・・

秩父から来てくれるNちゃんは毎年見ていて食べるだけだし・・

ちょっと年食った?、Mおじさんに頼むのは気が引けるし・・・

還暦近辺のオバさん連では後々が心配だし・・・

そこで思いついたのが姪のMさんとYさん、この二人が来て

くれたら何とかなるんじゃないかな・?・・と。

でもYさんはお餅の様なホッペをしてるけど搗けそうな感じは・・?

頼りは奈良にいるMさんだけだ、来てくれるだろうか?。

でも最終的にはツブツブだらけの こわ飯のような餅でもいい訳だ。

一年の締めくくりの餅搗きを執り行ったと言う事実があればいい。

これから先、このような危惧は多くなるだろうな、みんな年取って

ゆくばかりだし・・・何の役にも立たない自分の身体が

こういう時はうらめしい・・・が、仕方ない。

まっ、いいや、餅らしい餅でなくても正月はチャンと来る。

不思議の食感のお餅もたまにはいいだろう。

・・・・Mさん、来てくれるかなァ・・?

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