2012年5月21日 (月)

すごいことなんだけど、

  Getu もう一息

世紀の天体ショー・・・と言う事で妻と私は人並みの関心を

持ってはいたのだが、怪しげな遮光物で人並みに見た・・?

一応記念に写真も撮ってみた、多分【説明】を加えると

理解してもらえるくらいに撮れたとおもっている。

母にも見させてやろうと「日食を見ない?」と聞いた。

迷わず「見ない!」・・「なんで?」・・「見てもしょーがない」

みもふたもないことをいう・・「もう、一生見られないかもよ」

云ってしまってから、まづい事いっちゃたかな、と思ったが、

この次は何百年か先だということを思い出したので

母相手でなくとも不敬には当らないだろう。

きっぱり「見ない」と言う・・これ以上は押せない。

母の陣取る居間は家の西側にあり金冠日食は東側に

移動しなければ見えない、天体ショーと移動を秤にかけると

母の価値観は動きたくない方が重いらしい。

数時間たった今、金冠日食が私の気持の中でも薄れている、

母の論理の方が正しかったかな、と思い始めたが・・・

いま写真を見たら・・「ヤッパリ見ておいて良かった」と思う。

だけど・・・今何事もなかったように時間は動いている。

「見てよかった」・と「見てもしょーがない」で揺れ始めている。

妻に聞いてみる「見ないより見たほうがいいでしょー」

なんか、これもみもふたもないような・・・

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2012年5月19日 (土)

かえったぞー。

 Kara_2 みえるだろうか?

今朝、ツバメの殻のかけらが3個落ちていた。

写真は玄関のツバメの巣の下に糞よけの為に敷いている、

チラシの上だが、もっと何か気の利いた紙の方がよかったな。

今年は3~4回、ツバメ同士の場所取りのバトルがあった。

もしかしたら今年は子育てどころでなくてダメかもしれないと

思っていたのだが、チャンと責任を果たしていたんだ。

何羽育つかわからんが、一安心と言う気分だ。

毎年雛が孵る頃が、ヘビの出現時期なのだがどうだろう?

ヘビよけの粉末は まいてあるがなんか頼りない感じ。

無事育って欲しいもの。

安心と心配の今朝の空気だった。

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2012年5月17日 (木)

風の谷のナウシカ、

  Nau 1995年  風の谷のナウシカ  第7巻

二階の片づけをしていた妻が本を持って下りてきた。

【風の谷のナウシカ】全7巻、恥かしながら私の愛読書だった。

真理と矛盾がごちゃまぜになった、混沌の経典(バイブル)の

ような宮崎駿さんのヒットコミックだ。

全体に不思議な設定になっていて整合性は・・?、と言われ

ると何とも答えようはないがいろんな意味で示唆にとんだ、

噛んで読むとイミ深いストーリーになっている。

多分中学生以下では読み流しにはいいが理解は無理だろう。

約10年ぶりくらいに読んだのではないだろうか?

ヤッパリ最後は無理はぬぐえないが楽しく読めた。

1,2巻はカバーもなくなり表紙がボロになっていた、

3巻以降は初版本の筈だが、よくそろっていてくれた、

しばらくすると又で番が来るだろう。この歳になってもうれしい。

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2012年5月12日 (土)

戦友、

きのう、市内中心部に住んでいるAさんが訪ねてくれた。

Aさんとは7年前私が病気になって安定期にリハビリを受けに

行った塩原病院で始めて会った。

作家の浅田次郎さんに良く似ていた、物静かで落ち着いてい、

語らずとも気の落ち着けるような人だった。

Aさんは右半身不随だ、当時相当な心のゆれはあったと思うが、

いつも会うと泰然としていて同年代の私よりずっと大人の対応を

自身に課し事態を迷わず受け止めていたように見受けた。

そのAさんが昨年あたり、「車に乗れるようになったから、いつか

天気のいい日に行きますよ」と言ってきた。

ただ、お互いの体調の事もあり、やっと実現した、うれしかった。

Aさんの運転振りを見ると思ったよりその操作は流暢だった。

その後のリハビリを頑張った成果なのだろう。

好きな囲碁とリハビリの日々を語っていた、幸せそうだった。

Aさんといると語らずとも一緒にいるだけでもいい気分だった。

半年間だったが同じ釜の飯を食ったことでなにやら私は

戦友とはこういうものかな、帰り行くAさんを見てそう思った。

(私もAさんも戦争した事ないけどね)

Aさん、又待っているからね。

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2012年5月10日 (木)

短足なかま、

 「フーン、だいたい80~90°位だネ」とS先生。
リハビリ室のリハビリ台の上で足のストレッチをしてもらっていた。
普段、私はS先生にストレッチをしてもらっても、改めて首を
起こして様子を見ないと感覚がないのでどんな施術を受けて
いるか分からない。
先生の言葉に首を起こしてみると、私のかかとと先生のかかとを
合わせて足を広げて股関節のストレッチをしていた。
つまり二人の足と足でひし形をつくっていた。
「これで限界ですか」  「もう少しはいけそうだけどね」
「じゃ、もう少しやってみてください」  「筋を伸ばしちゃうとねェ」
「じゃ、もうちょっとだけ」・・・S先生、なんだかグズグズしたあと
「俺の脚がこれ以上広がらねえんだよ」と捨て台詞。
私はおかしくなって ははははー・・と大笑いしてしまった。
先生「まえはらさん、笑いすぎだよ」とにがわらい。
私は元々身長が164cmしかなく、多分今は160cm位しか
ないのではないだろうか、S先生は私より更に小さい。
自慢じゃないけど私はダックスフントも恥らうような短足だ。
S先生も負けじと座高との割合はいい勝負だ。
この件に関してこれ以上突っ込むのはまずいだろう。
「足が良く伸ばされたようです」と矛をおさめると、
先生も「うん、これ位でいいでしょう」と大人の落とし処だ。
考えもしなかったけど、S先生 小躯を駆使して頑張って
くれていたんだ。
改めて言葉にはださなんだが感謝の気持を持った。
も一度、先生を見ると、上体はひと回り大きく見えた・・・。
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2012年5月 5日 (土)

小鳥 二話、

  Hane モズの散らした羽
きのうの朝、二階のベランダに干し物をして下りてきた妻、
「死んでいた」と、手にツバメの死骸がのっていた。
その前々日玄関のなかで数羽のツバメが争っていたようだが、
我が家の玄関は通路が4箇所あるが、扉のない通路は床まで
ある暖簾でツバメが通れないようになっている。
風の具合かで、階段まえの暖簾を通過したのかもしれない。
二階へ上がったが出口を見失ったのだろう。
でも一日食べないくらいで死んでしまうのだろうか・・?
一昨日、誰か二階に行っいたら助かっていたんだが
可哀そうな事をした。
現在、玄関の巣の中には二羽が納まっているから、多分
死んだのはよそから来たツバメだろう。
なにやら厳しい生存競争の一端を見せられた感じだ。

もう一話、降ったりやんだりのきのうの天気の中、突然
【ドカン】とガラス戸に大きな音、「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃー」と
振り返ってみると、モズが仰向けに倒れていた。
「え~、こいつもかい」と思ってしばらく見ていると急に
バタ、バタッとして飛んでいった、脳震とうだけで済んだの
かもしれない、よかった。
偶然にしても一日に二羽の小鳥の死骸を見ないで済んだ。
わが身と合わせて後遺症が気になるが・・・。
(倒れていた時、仲間が五羽ほど集まってきた・・連帯・?)

人間万事塞翁が馬、と言うが人間だけじゃない、
生き物全て、なにやら大変な思いをしながら生きているんだな、
きのうの天気と同じく、しんみり考えさせられた。

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2012年4月30日 (月)

はるのしらべ、

Sirabe

昨日、東京から従姉弟の家族が日帰りで来た。

中学生のRちゃんも来た、現在親戚の最若手だ。

ゴールデンウイーク初日ににふさわしい、にぎやかさだった。

一転、今日は私は一人で大人しくお留守番だ。

風の・そよ・とも吹かない花曇りの静かな日だ、音も声もない。

ちょっと作業の一段落を(いっちょ前に)みたので春を楽しんだ。

葉桜のような枝垂れ、終りかけの椿、綿毛の始まったタンポポ、

ムスカリ、かきどおし、おおいぬのふぐり、はなにら、すみれ、

きりがないくらい咲き誇っているのだが、なんとなく早くも峠を

越した春の観がする。

昨日のにぎやかさの余韻はあるのだが、ちょっと感傷的・・・

一人眺めていると精神の弛緩した違う一面の春が見える。

あらためて「いい季節になったらしいな」眠りかけの目の奥が

ぼんやり考えている。          

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2012年4月23日 (月)

飛駒でも放射能?

Sii しいたけ

先日散歩した時、中山地区を歩いている時、Sさんにあった。

Sさんとは一年振りくらいの邂逅だろうか?

私が健常のころ、金峰山や両神山なぞを一緒に歩いた仲だ。

そろそろ、70歳に近いと言う筈だが、いまなお町民マラソンに

出るくらいの元気さだ、うらやましいほど幸せな人だ。

久々の挨拶のあと「まえはらさん、放射能は気になる?」

「ん、なんで?」 「シイタケがあるんだけど・・・」

「あっ、喜んでいただきます」と言う事でその時いただいてきた。

肉厚の採り立ての立派なシイタケだった。

きのう又もってきてくれた、しばらくはシイタケ尽くしかな?。

Sさんは竹林の中にじぶんでシイタケをつくっているのだが、

市場に出すほどではなく保存食にしたり、知り合いにあげたり

しているだけらしい、ところが近頃警戒してさり気なく断る人が

いるので、どうやらもって行き場に困っているようだ。

還暦半ばの私は放射能を摂取しても影響より寿命のほうが

優ってしまうだろう。

原発の影響はこんなところへもでるんだ、と思うと実際の

影響を受けている人たちはどんなに大変だろう。

戴いて嬉しい反面、その人たちを考えると複雑な気分になった。

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2012年4月20日 (金)

母の旅行中は静かな夜、

 きのう夕方、妹たち3人と那須の温泉に行っていた

母が帰ってきた、二泊三日の旅であった。

行く前は気乗りがしなくて嫌がっていたのだが、

帰ってきた顔を見ると満足げであった。

ここの所いつも食が細くてベッドへ転がり込む事が

多かった母が、旅の間、横になることもなかったらしい。

母の旅行中、二日間の夜、改めて考えると、母と私は

私が病気になって以来別の屋根の下で寝たことが

なかったのかもしれない。

母は時々寝言を言ったりするが、ふすま一枚隔てた

隣が妙に静かだと眠りにくくなったりするようだ。

永年の習慣でいつのまにか、母の寝言が私の子守唄の

役を果たすようになったらしい。

昨夜は子守歌を聞いて私はよく眠れたようだ。

妹達は言った「うちにいるよりよく食べるし元気みたい」と、

妻は言う「規制は設けないからチョクチョク温泉に連れて

行ってもらうと有難いんだけどね」

母はどっちつかずの苦笑いをしていた。

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2012年4月16日 (月)

いっぱいお話、

  きのうは気持のいい天気だった。
朝、作品展を見に行き、午後ちょっと散歩をした。
どうした事か一日で、知り合いや古い知り合いの人に
両手では足りなく足の指も総動員するくらいの数の
人達に会った。
おまけに公園では絵を描いているグループの人たちや
多幸山に登山してきた千葉から来たグループの人たちと
お話をした。
久しぶりに会う人は普通に接する人、車椅子の私を
慮る人 様々だが、逆に私が気遣いをしたくなるような
人もいた。
改めて月日の早い経過を思い知ったりもした。
よき日であった。
多くの人たちと会い、話し、優しい空気も感じた。
一年分の運を使い果たしたような気分。
・・・まだ、今年も先が長いのに・・・・

Kさん、付き合ってくれて ありがとう。

«みにくいアヒルのこ・・・とは、いかないだろな。